Siegfried of Christmas



キラキラと輝くシャンデリアが照らし出すホールは、それは綺麗だった。

立食形式で各所に置かれたテーブルにはオードブルからデザートまで、色とりどりの料理がならび、シャンパングラスがダイヤモンドのような輝きを放っている。

そんなグラス片手にさざめくように談笑する人達は、これまた色とりどりのドレスを身につけたりタキシードをきたりと、まるでドラマのワンシーンのように非日常な空間を作り出している。

(・・・・すごい、と思う。)

この非日常空間はテーマパークなんかで手に入るような疑似空間ではない。

すべて本物。

日本でもこんなパーティーが開かれる場所があるのかあ、と思う。

が。

(問題は・・・・なんでただの大学生の私がこんな状況にいるのかってところだけど!)

思わず香穂子が心の中で叫んだのも無理はない。

ぶっちゃけ香穂子はなんの変哲もない一般庶民だ。

ちょっとファータなんて音楽の妖精が見えちゃったり、魔法のヴァイオリンなんてファンタジーな代物に出会ったりしたものの、生活&経済水準はいたって平々凡々。

視線を落として見た自分のローヒールのパンプスが踏みしめた臙脂の絨毯でさえ、こんな綺麗な絨毯に土足で上がってしまっていいのか、と本気で思ってしまうぐらいの庶民。

それが、何故、こんな超セレブなパーティーの片隅で淡い春色のドレスに身を包んで最後の頼みの綱のように自分のヴァイオリンを抱きしめている羽目になっているのか。

それを説明するには、数時間ほど前に遡らなくてはならない ――















―― 数時間前。

香穂子は星奏学院大学の校門をヴァイオリンを担いで抜けようとしていた。

(あーあ。練習室取り損なっちゃった。)

ため息をつきながら見上げた空はまだ午後の日差しがさしている。

普段であれば、まだヴァイオリンに没頭している時間だ。

しかし去年入学した大学は母校である星奏学院の大学部で、音楽部門の非常に有名な大学で、その分だけ生徒も熱心に練習する。

というわけで、練習室がいつもシビアな争奪戦化するのは日常茶飯事だった。

まあ、有り体に言えば、今日の香穂子はその敗者なのである。

(でもまだ課題も残ってるし、来週に冬海ちゃんと参加する予定のクリスマスコンサートの曲も練習したいし・・・・。)

自宅で目一杯練習できるほど、防音の整った家でもないので、ここは駅前にできたスタジオでも借りるしかないか、と午後の予定を立てながら香穂子は校門を通り抜け、歩道へ入る。

(スタジオなら6時まではできるから、先に課題曲をさらって・・・・)

むむむっと眉間に皺を寄せて、新しい計画にそって練習スケジュールを練り始めた、ちょうどその時。

パアンッ!

「!?」

斜め後ろから急にクラクションの音が聞こえて、香穂子はびくっと跳ねた。

「な、何?」

確かにたった今、路肩にとまった黒い車の横を通過したが・・・・。

(・・・・・・・ん?黒い車?)

思い切り脳裏に引っかかるそのキーワードに香穂子はゆっくりと後ろを振り返った。

香穂子の家には車はない。

だから、車で思い出す人物と言えば、ただ一人。

そして。

「―― 相変わらず注意力が足りないな、君は。」

いっそ清々しいほど呆れかえった態度でそう言いながら、停車した車の運転席から香穂子を見ていたその人は、まさに、香穂子の記憶の中で唯一車と結びつく人物 ―― 吉羅暁彦だった。

「は?理事長?」

慌てて香穂子は車に歩み寄った。

「なんでこんな時間にこんなところにいるんですか?」

香穂子がそう聞いたのも無理はない。

吉羅は『理事長』の呼称が示すとおり、星奏学院全体の理事であり、昼間は学院経営の為に仕事をしているのが普通だからだ。

しかも通常服がスーツなものだから、黒のスーツに身を包んだ今が仕事中なのかプライベートなのかも一見ではわからない。

しかしそう聞いた香穂子に吉羅はわずか考えるようにして。

「私がこんな時間にこんなところで声をかけては迷惑だったかね?」

「なっ。」

そんな挑戦的な言葉を投げかけてくるものだから、香穂子は絶句した。

(迷惑って)

迷惑・・・・な、わけがない。

何せ香穂子にとって吉羅は非常に複雑な感情はあれど、総合するといわゆる「好きな人」なのだ。

高校の頃から少しは付き合いも長くなってきて、吉羅にとって自分が「ちょっと特殊な存在」なのだ、とも認識している。

(付き合ってるってわけじゃないんだよね。)

正式に吉羅から好きだとか付き合って欲しいとか言われた記憶はない。

けれど、いつか大人になったら、とか、いずれ、とかそんな枕言葉を付けながら吉羅が香穂子に伝える言葉はいつもどこか熱を帯びていた。

だからそう、言うなれば「知り合い以上、恋人未満」。

そんな関係の相手に、予想外に会えて嬉しくないはずはないのだ。

「・・・・め、迷惑じゃない、です。」

それでもわかって言っているであろう吉羅に素直に認めるのはちょっと悔しい、と思った結果、とても中途半端な答えを返してしまって香穂子は内心頭を抱えた。

(うう、もっと大人な対応したいのに。)

これでは子どもが虚勢を張っている姿そのものだ、と香穂子が思ったのをまるでお見通しと言わんばかりに吉羅が口角を上げる。

そして、唐突に車の助手席を開けた。

「?」

「乗りたまえ。」

「は?」

「君は意図していなかっただろうが、私は君に用があったんだ。この後、何か予定はあるかね?」

「この後?予定?えっと、練習するつもりでしたけど・・・・。」

「どこか場所を押さえて?」

「あ、いえ。それはこれから。」

「ならば構わないだろう。個室での練習よりも、君の将来に役に立つ場所へ連れて行こう。」

「??」

頭中クエスチョンマークで占拠されている香穂子に、吉羅は開けた助手席を目で示す。

「いいから着いてきたまえ。ああ、その前に少し寄り道をするがね。」

(あ・・・・)

何が何だかよくわからなかったが、何故かそう言った時の吉羅がいつもより楽しそうにしているように見えて、香穂子は惹かれるように助手席に乗り込んだのだった。
















(―― 確かに、あの時、理事長の楽しそうな様子につられて車に乗り込んだのは私が悪かったけど!でも!まさかあそこで連れ去られた先がセレブパーティーなんて思わないじゃない!?)

思わず声を大にして抗議したくなった香穂子はその衝動を拳を握って堪えた。

まあ、つまりはそう言う事で、あの後、吉羅曰く「寄り道」として車が横付けされた香穂子でも名前を知っているような高級ブティックで、アクセサリーからドレス、靴まで一式、壮大な着せ替えをさせられた上に、美容室に放り込まれあれよあれよという間に髪型までセットされて、気が付いたらこのパーティーの行われている有名ホテルのエントランスに着いていたのだ。

(・・・・ある意味、シンデレラの気分。魔法並だった・・・・)

疑問も質問も挟ませない店員さんや吉羅の手際の良さを思い出して、香穂子はため息をついた。

しかも目を白黒させている香穂子に、吉羅が求めたのは、パーティーのオープニングとなるミニコンサートでの演奏だったのだ。

『君は確か来週出演する予定のクリスマスに似合いの曲を練習していただろう?せっかくだからここで本番さながらのリハーサルを行うといい。』

嘘でしょ!?と悲鳴まがいの抗議の声に、さもなんでもないことのようにそう言い放った吉羅の顔は今思い出しても憎らしい。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほんとに、なんで私、あの人が好きかなあ。)

我ながらちょっと小一時間正座で向かい合って話し合ってみたい。

(まあ、無事に終わったからいいけど。)

さすがに来週本番なので、もう調整の段階に入っていた演奏は、開始前に1時間ほどピアニストとリハーサルを行ってなんとか形に出来た。

オープニングのミニコンサートということで、最初は興味本位程度の視線を向けていた客達も、数曲披露して最後には暖かい拍手とアンコールをもらえたのは素直に嬉しい。

(けど、本気で心臓に悪い。)

ヴァイオリンを弾いている間はチャンネルが切り替わるようにステージを楽しんでしまう香穂子でも、それが終われば一般庶民。

演奏を終えて幾人か声をかけてくる人と簡単に話をした記憶はあるが、正直、あまりよく覚えていない。

というわけで、すっかりパーティーの始まった会場の片隅で、香穂子はヴァイオリン抱えてぐったりしている、というわけだ。

(・・・・思い返してもほんの数時間前に校門出たとは思えないよねえ。)

さっきもちらっと思ったが、唐突に妖精がお城の舞踏会へ連れて行ってくれたシンデレラレベルで現実感がない。

ちなみに、この大騒動に香穂子を放り込んだ当の本人は、パーティーが始まってから姿を見ていない。

(理事長、どこ行ったのかな。)

演奏は終わったんだし、正直、心細いのでそろそろ帰りたいと思いながら見回してみるが相変わらず姿が見えなかった。

しかも。

「?」

ふと視線を感じて香穂子は顔を上げた。

が、賑やかなパーティーは人が行き交っていて、誰が向けた視線かはわからなかった。

(なんかさっきから妙に視線を感じる気がする?)

自意識過剰?と思ったものの、それは実は演奏を終えてわりとすぐから感じていたものだった。

(なんだろう?敵意ってのとは違うと思うんだけど・・・・)

強いて言えば興味関心。

そんな感じの視線をちらほら感じるのだが、なんというか、遠巻きに見られているというのが正しいというか。

うーん、と香穂子が首を捻ったその時。

「お疲れですか、お嬢さん。」

「え?」

不意に声をかけられて驚いて見上げると、香穂子の目の前にいつの間に来たのか、タキシード姿の男性が一人立っていた。

年の頃は香穂子の父親よりいくつか若いぐらいだったが、彫りの深い顔は明らかに外国人だった。

「あ、えっと・・・・。」

「ああ、驚かせてしまってすみません。私はアレクセイ・ジューコフと申します。」

「アレクセイ・ジューコフ・・・・って、指揮者の!?」

そう言えばオケのCDを見た時に目の前にいるこの人の顔を見た覚えがある、と思った瞬間、香穂子はぴょんっと椅子から立ち上がっていた。

その反応が面白かったのか、アレクセイは小さく笑った。

「私をご存知とは嬉しいですね。」

「あ、あの、すみません!すぐに気が付かなくて・・・・。」

(確か土浦くんが世界でも有名なオーケストラの指揮者も出来る人だって言ってたような。)

すごい人に無礼を働いたのではないか、と冷や汗をかく香穂子にアレクセイは大様に首を振った。

「いえいえ、見たところまだお若いようだし、今は勉強中といったところでしょう?知っていて下さっただけでも光栄ですよ。むしろ私の方こそ、声をかけてしまって驚かせたようだ。」

「あ、いえ!大丈夫です。」

「そうですか?だが、大分気ははっていらっしゃるようだ。このようなパーティーは不慣れですか?」

「不慣れというか、縁遠いというか・・・・何分、一般庶民なので。」

小さくなって思わず本音が零れる香穂子に、アレクセイは笑った。

「おやおや、先ほどステージでヴァイオリンを奏でられている時は随分と印象的な音を奏でる堂々とした演奏者に見えましたが、素顔は可愛らしいですね。」

「あ、はは。」

ぱちんとウインクを向けられて、香穂子は乾いた笑いを零してしまった。

「楽器を弾いている時はステージなので。でもこういうパーティーは本当に参加したことがなかったので落ち着かないです。それに・・・・さっきからなんだか浮いているような気もしますし。」

思わずそう付け足したのは、またちらりと向けられた視線を感じたからだ。

そんな香穂子の様子を見てアレクセイは肩をすくめる。

「浮いているというのはどういう事か私にもよくわかりませんが、注目されるのは仕方が無いと思いますよ。オープニングミニコンサートでの貴女の演奏は素晴らしかった!」

「あ、ありがとうございます。」

「今回のパーティーは音楽関係者の集まるパーティーですからね。優れた演奏者に注目が集まるのは自然という物です。」

「音楽関係者・・・・。」

アレクセイの言葉に香穂子は少し驚いた。

行き成り連れてきた吉羅はこのパーティーの詳しい内容は教えてくれなかったが、確かによく考えればオープニングでミニコンサートをやるぐらいだ。

(音楽関係って、もしかしてそのために私を連れてきてくれた・・・・?)

疑問系で思い浮かべながらも、そうだろうという確信が香穂子の心に生まれる。

(君の将来に役に立つ場所へ連れて行こうってそういう事か。)

演奏者は演奏する場所があってこそ、本領発揮できるというもの。

もともと演奏そのものに没頭しがちな香穂子はその場所を確保することに関してはそれほど熱心ではない。

だから、こんなステージを吉羅が用意してくれたのだろう。

そう思うと自然と口元が緩んでしまう。

いけないいけない、とそんな自分を引き締めようとした香穂子の耳に、悪戯っぽく付け足されたアレクセイの言葉が入った。

「・・・・まあ、貴女への注目の一部は、あの吉羅君が初めて同伴してきたパートナーという事もあるでしょうがね。」

「―― え?」

何か今、聞き捨てならないことを聞いた。

(初めて同伴してきた?パートナー??)

思わず香穂子は聞き返そうとしたが、それよりも聞き慣れた声が割り込む方が一歩早かった。

「ジューコフさん。」

「!」

会場に放り込まれて以後聞いていなかった吉羅の声に驚いて見れば、ちょうど人を避けて吉羅が姿を現した。

「これは、吉羅君。交渉は終わったのかね?」

「ええ、おかげさまで。」

外人特有のオーバーリアクションで応じてみせるアレクセイに吉羅は淡々と答えながら香穂子の隣りへ立った。

その様にアレクセイが目を細める。

「君の不在にパートナーに声をかけてしまってすまなかったね。彼女の演奏がとても素晴らしかったものだから。」

「貴方にそう言って頂けるなら彼女は十分な成果を出したということでしょう。」

端的には褒めないその言い回しにアレクセイは軽く肩をすくめて香穂子に目を写す。

「パートナーもお戻りのようなので私は退散しますよ、お嬢さん。いつかステージで共演できることを祈っています。」

「あ、はい!よろしくお願いします。」

バネ仕掛けのようにぺこっと頭を下げる香穂子にもう一度笑い声を上げてアレクセイはパーティーの人混みの中へと消えていった。

その背を見送ってしばし。

「―― あの」

「なんだね。」

中途半端な無言に耐えられなくなった香穂子が伺うと、吉羅はまるでいつもと変わらないような表情で見返してきた。

抗議も聞きたい事も色々あったはずなのに、きちっとした礼服に身を包んだ吉羅の姿に香穂子は一瞬見惚れる。

(・・・・って、見とれててどうするの!)

と、己に渇を入れたタイミングで吉羅が僅かに口角を上げた。

「百面相だな。」

「は?」

「さっきまで心細そうな顔をしていたかと思えば、ジューコフさんに顔色を変えたり、私の顔をぼーっと見て見たり。相変わらず落ち着きがない。」

「・・・・・・・・・」

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほんとに、なんで私、この人が好きなんだろう。)

いきなり帰り道に拉致られて、着飾らされて、ぶっつけなコンサートやらされて、あげくに放っておかれて・・・・この言いぐさ。

これは小一時間の自分との話し合いでは解決出来ない。

何か言い返してやろうと反骨精神に火が付いた香穂子の脳裏に浮かんだのは、さっきのアレクセイの言葉だった。

「さっき」

「ん?」

「アレクセイさんが言ってたんですけど、理事長がパーティーに同伴してきた女性は私が初めてだって。」

「・・・・・・」

さあ、どうだ、答えられるなら答えてみろ!とばかりに香穂子の言った言葉に吉羅は一瞬、意外そうな顔をする。

そして。

「その情報は誤りだな。」

「え?」

「このパーティーもそうだが、私は将来有望な演奏家は様々な場所に連れて行くように心がけている。得てしてそういう人間は音楽に没頭しがちで、浮世離れしている者が多いからな。当然、その中には女性もいる。」

実に淡々とした説明に香穂子は内心呻いた。

(そ・・・・そうだよね。)

自分もそうだとさっき思って居ただけにお説ごもっとも、と言うほかない。

心の方は一気にがたんっと傾いたが。

(当たり前だよね、理事長大人だし。)

こんなセレブパーティーにあっても、吉羅は全く戸惑う様子もない。

その態度一つで如何に場慣れしているかわかろうというもの。

(そんな人がパートナーになる女性がいないわけない、か。)

わかってはいたけれど、ずきんっと心が痛んで香穂子は視線を落とした。

そうして目に入るドレスや高級な絨毯がすべて自分には不釣り合いなものに思えて、香穂子はちょっとだけ唇を噛んだ。

ただ一つだけいつもと変わらないヴァイオリンをぎゅっと抱きしめて、香穂子は顔を上げた。

「えっと、それじゃとりあえずヴァイオリンをしまって帰り支度しますね。」

演奏家としてこのパーティーに連れてこられたなら、もう香穂子の役目は終わったはずだ。

そう思って香穂子はそそくさと壁際に置いてあったヴァイオリンケースに愛器をしまう。

その様子を吉羅は黙って見ていたが、香穂子がヴァイオリンをしまい終わって、さあ、帰ろうかと思った時、ぽつりと言った。















「演奏家である女性をパーティーに同伴するのは初めてではないが、同伴した女性をパートナーと紹介するのは、今回が初めてになる予定だったのだが。」















「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

―― 本日二度目、何か聞き捨てならない事を聞いた。

空耳だったんじゃないかと半信半疑で香穂子が首を回すと、相変わらず涼しい顔をした吉羅が目に入る。

(気の、せい?)

眉を思い切り寄せる香穂子を見て、吉羅は呆れたようにため息をつく。

「せっかく普段より大人びた格好をしているんだ。もう少しそれらしい表情をしなさい。」

「だって、あの・・・・?」

貴方がなんかとんでもないことを言った気がするからなんですが?と心から抗議を篭めた視線にも吉羅は僅かばかり愉快そうに頬をゆるめただけだった。

そして、ごく当たり前のように ―― 香穂子に向かって腕を差し出す。

「え・・・・?」

「コンサートの後すぐに学院の事で交渉が入ってしまって席を外した事は詫びよう。一人にしてすまなかったね。」

「あ、はい。」

「だが、不躾な輩もいなかっただろう?それだけ君の演奏は素晴らしかったよ。」

「・・・・・」

この段になって、香穂子は初めて抜き打ちのようにこのパーティーの冒頭のコンサートをまかされた理由を朧気ながら理解した。

一つは音楽関係者の集まるパーティーで、演奏者としてのアピールをさせるため。

そしてもう一つは、確実にセレブなパーティーで浮くであろう一般庶民の香穂子が、ここにいるのに正当だと示すためだ。

「理事長・・・・どこから計画的だったんですか?」

「さあ?」

いつ思いついたのか、何故実行したのか、そんな問いを多分に含んだ香穂子の視線に吉羅は何でもないことのように惚けて見せる。

そして、いつもの冷めているようでいてどこか挑戦的な視線を香穂子に向けて言った。

「君は世界的に有名なヴァイオリニストになって、私のパートナーになるのだろう?ならば、私が君を公式の場でパートナーと紹介しようというこのチャンスは逃さないと思うがね。まあ、自信がないというのなら、帰ってもかまわないよ。」

「!」

聞きようによっては愛の言葉。

聞きようによっては香穂子への挑発。

(ああ、ほんとに・・・・なんでこの人が好きなんだろう。)

もうすでにすり切れるほど繰り返した自分への問い ―― でも結局答えは一緒なのだ。

「・・・・望むところです!」

大人で、曲者で、やっかいで、どこまでも刺激的なこの人が ―― 好きだから。

意を決した顔で吉羅の腕に手を乗せた香穂子は、その刹那、彼が酷く満足そうな顔をしたことには、気が付かなかった。

















〜 おまけ 〜

「―― 今日は遅くまですまなかったね。」

「あ、いえ。送ってくださってありがとうございます。」

「では。」

「あ、理事長!」

「なんだ?」

「あのドレスとか靴とかいつお返しすればいいですか?」

「・・・・・・・・・・」

「クリーニングしてからだから、二週間ぐらい・・・・って聞いてます?」

「・・・・持っておけばいい。」

「え?」

「これから先、私のパートナーとして正式な場に出ることも増えるだろう。むしろ、もう二三いるな。」

「は?」

「ふむ、では来週のクリスマスコンサート用のドレスも含め、あつらえにいくとしよう。明日予定を空けておきたまえ。では。」

「は・・・・・・・・・・・はああ!?」

ブロロローと低い排気音と、香穂子の上げた声が、冬の夜空に重なったのだった。















                                               〜 Fin 〜
















― あとがき ―
スタクリで理事長のエスコートに萌えた結果出来たお話しでした。
なんかこう、理事長は涼しい顔して外堀埋めてきそう(笑)

タイトルの『Siegfried』はフィーリングで付けました(^^;)
ワーグナーの曲と関係あるようなないような。